[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック


紙細工の聖剣



/ / / / / / / / / 10/ 11/ 12/ あとがき/ >



 有利だ、とは思う。
 毎日のように顔を合わせ、食卓を共にしている。かつては同じ部活動でもあったわけだし、少なくとも悪い印象を持たれてはいないという自信はある。
 あとは、あまりこういうことを利点と考えるのはどうかとも思うけれど、周りの人を見下すとかそういう意味では全然無くて……体つきがちょっとだけ、他の人より若干、本当に微々たる差ではあるのだろけれど、勝ってるかな、とか。
 後半部分は微妙な理由と言う他はないだろうし、少々あやふやになってしまったところはあるが、しかし、自分の立場は決して悪いものではない。
 少なくともクラスメイト同士の親密度程度なら勝負にならないくらいには、親しい間柄。
 というかちょっとした慢心くらい持たないと押しつぶされそうだ。
 時間が無いのだ。
 私が決めたのはあくまでも決行日、ただそれだけ。
 なにをどうするとか、どこでとか、いつとか、具体的なことはまるっきりの白紙もいいところで、第一そんなことをぼやきだしてしまったら、心構えすら確固とは言い難いのだ。
 もうすでに後悔し始めていた。
 逃げだしたかった。
 けれど、反して、内なる私は声を荒げて言うのだ。

 ―――――――ほんとうにそれでいいのか

 良い訳が無かった。
 失うことを恐れて、得ようとしないのではなにも始まらない。
 なんらかを獲得したいというのであれば、なにかを犠牲にしなければならない。
 当たり前だ。そんなことは当たり前だ。
 解っていた。
 けれど自分は臆病で、空想する歓喜の未来に思い馳せれば馳せるほど、現実の甘美さが鎖と化して、真実の想いを縛り付ける。
 幸福はあった。
 今の生活の中に幸福は確かにあった。
 だからこそ、その先の、更に上の、より鮮やかで満ち足りた幸福を夢見ることは、至極自然の願望だった。
 耐えてきた。
 現状がいかに素晴らしいものであるかを一日ごとに自らに言い聞かせ、そうやって自分を騙し騙して、耐え続けてきた。
 そのツケが回ってきた、のかもしれない。
 騙した分だけ、想いは色濃くなっていった。
遂には身を焦がす感情にも昇華して、内に留めておくことなど到底出来ない熱い奔流となって
 それが、私を僅かに、欲深くした。
 もう自分に嘘をつくのは嫌だと、この心が感情を奮起させ、蜂起させた。
 そうなのだ。強く思う。
 正直な気持ちでいればいい。障害があるならぶつかっていけばいい。
 小細工なんかいらない。もとより自分はそんな器用さなんて持ち合わせていない。
 自分が一番相応しいに決まっている。
 自分の望みは叶う為にある。
 自分は、自分を裏切れない……!

 勝負だ。

 長い長い深呼吸の後、受話器を取った。



 
 数週間溜め込んだ疲労は相当なもので、居間に敷かれた座布団を見ると、横になって眠りたいという衝動が沸々とこみ上げてきた。
 い草の薫りがその誘惑に拍車をかける。
 取りも直さず、鞄を傍らに置くとごろんと体を仰向けに倒し、座布団に頭を預けた。
 まどろみが即座に襲いかかってくる。
 早々に陥落し、重みを増す瞼をゆっくりと閉じる。
 大道具兼演者のこの体には、人一倍の休息が必要だった。
 今日まで睡眠時間を大分削って、劇の準備と家事と日課に追われてきたのだ。
 流石に限界だった。
 それでも、家事に関して言えば桜が手伝いにきてくれる分、負担は軽減された。
 甘えすぎるのはよくないが、桜がいなければもっと以前に限界が来ていたのは推して知れる。
 もっとも、今日はちょっと普段あまり使わない神経を使ったので、肉体的な疲労と相まって、故の眠気なわけであるが、いかんせん今はまともな思考回路が存在しなかった。
 眠いという欲求だけが意識の全てを支配していた。
 ……まどろみの渦に、心地よく墜ちていく。











 咆吼が木霊する

 それは、戦いの始笛とみなされた

 響き合う鋼と鋼

 血の音と匂いはとうに飽和

 憤怒に任せ剣を振るう

 猛き叫びにて歩みを進める

 狂気に笑んだ

 王たるこの身、出来うるならば貫いてみせるがいい……!

 涼やかな喉は枯れ、燦光の髪は乱れる

 なお自分は進んだ




 ふいに、瞳に湛えた眩さが宙に零れた

「王」

 傲りの言葉だ

 果たしてこの身は、その傲りは、なにを救えたというのか

 偽りのそれではあっても、愛を誓った者を結果

 死に追いやったというのに

 至らなさ故に

 全ては自身が未熟であるが故に

 剣の音、風の音、鼓動の音、全てが、ひどく虚しい

 自分はかつて、なにを救いたかったのか

 道は、いつから誤ってしまったのだろうか

 それでも引き返せない

 どうあっても、自分は「王」だったから

 投げ出す弱さも

 逃げ出す強さも持っていなかったから

 歩む

 果て知らぬ争乱の道を









 がばっ



 ……眠っていたらしい。
 目が覚めると同時に、座布団についた染みを目に留め、あわてて口許を拭う。
 内容は覚えていないが、夢を見ていたような気がする。
 まだぼやけている頭で、どのくらい眠っていたのかと唐突に思い立ち、時計を探すためむくりと身を起こす。
「うわっ」
 頭上から素っ頓狂な声が聞こえた。
「…………?」
 寝ぼけ眼で見上げれば、そこには自分を驚いた表情で俯瞰する藤ねえの姿。
「吃驚したぁ……。まだ寝てると思ったから」
「ああ、悪い……俺結構寝てた?」
「さあ? 私も二十分くらい前に来たから。ああ、そういえば桜ちゃんから電話があったよ」
「桜から?」
「うん。なんでも今日は用事があるとかでここには来られないって」
 そうか。
 となると自分が夕飯の支度をしなければいけないわけだ。
 まあ別にそれ自体は苦ではないのだけれど、寝起きだからなのか、どことなくだるい。
「藤ねえ、今何時?」
 テレビを見ながらみかんを剥き始めた藤ねえに聞く。
「んーとね、六時半?」
 ということは自分は三十分くらい眠っていたことになる。
「今夕飯の支度するから」
 そういって立ち上がる。
「あ、士郎」
「ん?」
 藤ねえの呼びかけに振り向いたのは、台所への戸を引き開けた後だった。

「あら、おはよ。衛宮君」

 先客はにこやかに微笑んでこちらを向いた。
「……なんでさ」
 にこやかな笑みは可笑しそうに変化した。
「あら、私がここにいたらいけない?」
 結構いけないと思う。
 何故にエプロン姿の遠坂がここで食事の支度をしているのか。
「座って待ってなさいよ。おねむ、、、な人は台所に立つべきじゃないわ」
「あ、いや俺も」
「いいから。すぐに出来るわよ」
 押し切られる形で台所から追い出された。
 そこで蜜柑を咀嚼中の藤ねえと目が合う。 
 たは、と笑い顔の前で両手を合わせる藤ねえ。
「ごめん。言うの忘れてた」
「……いいけどさ。遠坂料理上手いし」
 言いつつも、なんだかやる気がくじけてしまってテーブルに顎を乗せてつっぷした。
「疲れちゃった?」
 藤ねえが聞いてくる。
「わかんない」
 言葉少なに返す。
「学園祭の準備、大変だと思うけどさ、頑張りなよ」
「うん」
「苦労したら、した分だけきっと報われるから」
「……うん」
 疲れているから、なのだろうか。
 確かに体はだるいけれど、なんと言えばいいのだろう。体の奥の方に重たい何かが鎮座しているような、不快さがあった。
 こんなことでどうする、と思うのだが、そんなことを思ってどうする、とも考えてしまう。
 なんというか、とにかくあまり動きたくなかった。
「御っ飯ですよー」
 弾む声と共に遠坂が居間に入ってくる。
「あ、手伝うよ」
「いいのよ。品数そんなに無いし」
 腰を上げようとしたら制された。
 へたり込むように座り直す。
「おおーいい匂いー」
 藤ねえが鼻をひくつかせる。
「今日はパエリヤに挑戦してみました。副菜にミネストローネもありますー」
「わあー、まことに素晴らしいでありますー」
 二人は元気だ。
 理由もいまひとつ解らずに疲弊している自分には、それが少し羨ましかった。
 遠坂がテーブルに敷いた布巾の上に鍋を置き、取り分け皿を各自の前に並べる。
 トマト色のスープが配膳されると、遠坂も腰を降ろし、手を合わせる。
「「いただきます」」
 二人の声が重なった。
 自分はその少し後に、張りのない声で、いただきますと呟いた。
 空腹ではあったかもしれないが、食欲は無かった。

   

/ / / / / / / / / 10/ 11/ 12/ あとがき/ >

一覧へ戻る><HOME