/4
士郎の足は震えていた。その場から動けない。早くしないとセイバーが殺されてしまうというにも関わらず、動くことが出来なかった。
アーサーは倒れて意識が辛々になったセイバーを見下す。手には開放されたセイバーと同一の剣。
虫の息となったセイバーに語りかける。
「俺には一目でお前が誰なのか分かった。分からない筈がない」
剣を地面に突き刺し、月を見上げ、セイバーへの語りを続ける。
「お前が何に迷っているのかも知っている。迷いがないわけがない。どんなに強がっても、それが答えだと信じきっていたとしても、心の隅では、常にその答えに対し苦悩している」
意識が戻り始めたセイバーは、両手を突いて起き上がろうと地面を引っ掻く。
それを足蹴にするわけでもなく、アーサーはただ見下ろしていた。
「俺とお前、どうしてここまでの差がついた?」
セイバーは答えない。
「答えは簡単だ。お前は所詮死に向かって羽を広げて飛んでいる。願いを成就させようと、失敗に終わろうと、どんな結果を迎えようともその先には死だ」
アーサーは剣を手に取り、柄を強く握り締めた。
「だが俺は違う。俺は生きようとしている。生きたいと願っている。言葉にすれば安い、だがそれだけの違いがこれほどの差を生んでいるのだ。分かるか? ましてお前は死に向かう自分に迷いがある。それでは何者にも打ち勝つ事はできない」
地面に転がった剣を拾い上げ、セイバーは杖のように剣を使って片膝をついた。
血で濡れた瞳でアーサーを見上げる。
「死の覚悟を固めろとでも………!」
アーサーは落胆の息を吐き出し、セイバーから視線を外すと、背後を確認した。
「何故そうなる。お前はこの地に呼び出され、何を感じた? お前の死の決意を認め、お前に死ねといった奴がいたのか?」
アーサーはセイバーが立ち上がる前に剣を振り回し、一歩横に身を捻らすと、背後から襲い掛かってきた士郎の剣をその剣で受け止めた。
火花は散りはすれど、アーサーには殆ど衝撃はない。
士郎は受けられた剣とは逆の手に持った剣を振るい、二撃目を打ち込む。だがその一撃はアーサーの篭手に止められて砕け散る。
アーサーは士郎の奇襲を物ともせず、士郎越しにやっと立ち上がったセイバーだけを見つめ、話を続けた。
「良いではないか。たった一人の無責任な言葉でも、生きろと言ってくれたのなら、幾億の死の決意など捨ててしまえ!」
アーサーは士郎の襟元を掴み、セイバーの後ろへ放り投げた。
目の前から士郎が消えたことを確認すると、セイバーは剣を背負い、聖剣を輝かせる。
「それで全てか………? 言いたい事は、それで最後か――――――っ」
アーサーはセイバーの怒声にも気圧される事無く冷静に二十メートルは遠くに後退し、セイバーとは逆、剣を自分の左側に置き、下段の構えを取る。
互いの聖剣の輝きはその場を真昼の明るさにする。それは太陽が二つあるものだと錯覚させる。
この宝具同士の競り合い。勝った方の信念が正しいと言いたげに、アーサーとセイバーは互いの視線を逸らさず見詰め合った。
アーサー王は、一度目を閉じ大きく瞳を見開いた。
「来い――――――――」
その叫びと共に、セイバーは肩に背負った光の塊を天へと向け、大地に向かって叩き付けた。
「約束された 」
それを下から受け止めるとばかりに、アーサーは地面から天に目掛けて光の塊を振り上げる。
展開された宝具の光輝なる帯は、その場一体を覆う一つの恒星となり、次元の断層を悉く切断していく。
あまりの眩しさに、士郎は手でその光を遮った。それでも光は薄まる事はなく、士郎には事の成り行きを見守るしかなかった。
だが、士郎は気付いた。アーサーが立つ地面が微かにだが怪しく赤い光を灯していることに。
「魔方陣?」
そう呟き、一体何時の間に作られたものなのか目を配らせる。
物陰には綾香がいた。士郎の場所から五十メートル以上は離れている。宝具の破壊力を警戒すれば、それでも足りないくらいだが、それが何処か必要以上に離れているように見えた。あえて視界に入りづらい場所を選び、そう、隠れているかのようだ。
「何を………している?」
地面が竜の咆哮のように叫び声を上げ亀裂を作る。ここが巨大な亀の上にいるかのように地面の震動は計り知れない。
アーサーの口が動いていた。距離は二十メートル。それにこの騒音だ。会話など成立するはずはない。だがアーサーのその声は、宝具の展開を通じて、セイバーへ直接伝わっているように感じた。
――――――――
一冊の書物があった。それはよくある騎士道の物語。俺はこの本が嫌いでね。血塗られた丘。無数に並ぶ剣の墓と騎士の亡骸。国に裏切られ、報われぬ最後を迎えた王。そんな物語だ。
そこに残ったのは、国を守れなかった後悔のみ。こんな物語、好きになれる筈もなく、俺はその書物の書き直しを望んだ。王が勇敢に君臨し、民を守り、国を繁栄させていくハッピーエンドの結末を。俺は考えた。その結末を迎えるにはどうすればいいのか………そしてある考えに至る。
そうだ、未熟な王の選定をやり直せばすむ。王とは別の人物が王になれば、こんな結末にはならなかったのだ。この本の元になった人物が、もっと主人公に相応しい人物であったなら、ハッピーエンドを描けたはずだ。だから俺は王の選定のやり直しを求めた。
丁度聖杯なんて便利なものもあった。その願いは、決して不可能なものではない。
だが俺の願いはあっけなく、一人の少女によって打ち砕かれる事になる。
少女は俺に訪ねた。
もし王の選定をやり直したとして、物語を書き換えることが出来たなら、貴方はどうなるの、と。
答えは簡単だ。モデルが変われば、主人公も変わる。自分の存在そのものが、なかった事になるのだ。つまり、選定のやり直しを求める事は、己の存在を綺麗さっぱり消す事なる。王とは別の人生などありえない。王であったからこそ、描かれし自分がいる。
彼女は言った。
貴方が消える事なんて認めない。貴方が貴方であったからこそ私は認め、貴方だったから今一緒にいたいと思える。
涙ながらに彼女は言ったのだ。
何てことはない。俺は自分の死を求めていたのだ。理想の自分を得られると勘違いをし、自分で自分の首を絞める道を選んでいた。
だが彼女の涙で俺はあっけなく気付かされた。
その瞬間、俺はその書物に対する興味を失った。確かに俺はこの書物の主人公だったかもしれない。だが俺は主人公そのものではない。
この書物の主人公がどんな最期を迎えようとも、今ここにいる俺とは何の関係もない。俺は、俺なんだと。だから俺の願いも変わった。俺は俺の道を行く。他人の記した結果をなぞるだけの存在など認めない。俺は今ここに生を受けたのだ。
――――だから俺は生きる!
大切な人と共に!!
聖剣の光は互角。互いにその力を相殺し合い、きらめく夜空の星の如く飛び散った。
総力の限り力を使いきった二人だが、アーサーは動きを止めなかった。
振り上げた剣をそのまま肩に担ぎ、セイバーが宝具を展開する時のように構えた。
「アヤカァーーーーーー!!!」
アーサーが腹のそこから声を出し、遠くに立つ相棒に声をかける。
その瞬間、綾香の魔術刻印が光を放ち、アーサーの地面の魔方陣が同調して輝いた。
アーサーの体内を電撃に模した魔力が駆け巡る。
最大出力には程遠い、だが手負いのセイバーを葬るには十分の魔力量。
駆け出していた。
煌々と尾を引く剣を背負い、アーサーの殺意が真っ向からセイバーに襲い掛かる。
セイバーはまだ動けない。ただでさえ立ち上がるのがやっとだったのだ。これ以上何が出来る。
アーサーとセイバーの距離は、既に五メートル!
「俺は大切な人と共に生きる! お前は一人で死んでいろ!!」
これで勝利は確定した。セイバーですら敗北を直死した。だが現状は違った。
剣を突きつけてくるアーサーとセイバーの間に、士郎が両手を広げ立ちはだかっていたのだ。
「――――――!?」
アーサーの剣に微かな迷いが浮かんだ。
士郎とアーサーは睨み合う。
士郎は迫りくる竜に対し、王を守る獅子の如き勇猛な雄叫びを上げた。
「セイバーは死なせない!」
士郎の胸の前に、剣の輪郭が浮かび上がる。
その段階で既に士郎の脳は焼け焦げるほどのダメージを受けていた。
じりじりと後頭部が蟲に食われ穴が開けられているのではないかと思うほど痺れる。だがここで止めるわけにはいかない。
「セイバーは生きるんだ!」
セイバーを守るには、最強の剣が必要なのだ。
この投影に失敗すれば後はない。なんとしてもセイバーを守れる剣を作り出す。
手が高熱に溶け出し、神経を一つまた一つと千切っていく。だが腕が骨だけになろうと、魔術回路は加速させる。
まだ足りない。まだ足りない。まだ足りない!!
大切な人を守るのに、腕の一本二本惜しんでいては救えはしない。お互い無事に朝日を見れるなら、体を剣にしても、守りきる。
「セイバーは俺と生きる!!!」
柄が出れば直ぐ様握り締め、アーサーの一撃を防ぐ。
だが、アーサーの口から、士郎が想像していたものとはまるで反対の声が漏れた。
「――――なっ、鞘だと!?」
ピクリ、とセイバーの頭が痙攣する。その言葉を聞いて、セイバーの手が無意識に動いた。
血だらけになり、砕けた鎧とボロボロに敗れた衣服は、セイバーの手すらボロ雑巾のように汚れさせている。
血を流しすぎたセイバーは一時的に視力を失っていた。同時に、死力も失っていた。
死と向かい合い、死を目の当たりにして遂に至った生への渇望。それがセイバーの体を強引に突き動かす。
「私は――――死ねない」
喉が潰れかけ、声が抜けてまともに出ない。前を睨みつけても、敵の姿など映らない。
だがセイバーは確かに感じていた。
目の前には暖かい温もりが、輪郭すらハッキリしないが、暖かさにに満ちた優しい光が――――
投影された鞘をごと士郎を後ろから抱きかかえ、向かってくるアーサーの聖剣を迎え撃つ。
士郎は後ろから抱きつかれ、柄を握るはずだった手をセイバーの手に重ねた。
投影したものが鞘だったと気付いたわけではない。それに気付けたのは二人の王だけだ。だがそれが一番正しい選択だと心が選んだ。
士郎の耳に届く、歌にも似た旋律。
――――傷を癒す地など、この世の何処にもないと思っていた。
ですがあったのですね。
………………その地は、この世界に。
士郎………貴方の傍に。