/epilogue
焦げ臭い臭いが鼻に纏わりつく。
あまりの臭いに士郎は呼吸困難に陥り、瞳を開けた。
昇り始めた朝日が横から目を突き、体中が軋んで起きることが出来ない。
辺りに何があるのかも良く確認できなかったが、公園が瓦礫だらけの無残な姿になっていた事だけは分かった。
セイバーは、と声を出そうとして腹が痛む。
すると頭上からセイバーの細い声が聞こえてきた。
「起きたのですね………シロウ」
何とか顔を動かし、声のする方を見ると、士郎とセイバーは頭を向かい合わせて地面に寝転がっていた。
セイバーも動けないのだろう。暫し二人はそのままでいた。
敵はもういない。倒せたのか? それよりも早くここから移動しなければ騒ぎになりそうだ。疲れ切っているのに、様々な事が頭を過ぎる。
でもそれすらどうでもいいと感じた。
朝日が眩しいのだ。これほど清々しいものはない。それはセイバーだって同じはずだ。
士郎は口を開く。
「セイバー………………生きよう」
セイバーの息を呑む声が聞こえる。続いて、噎せるように小刻みに息を吸っているのが分かった。
士郎は顔を動かせない。
「貴方まで………王としての私を、否定するのですね………………」
鼻を啜る声に、今すぐ起き上がってセイバーの小さな体を抱きしめたかったのに、動かない体が憎い。どんな言葉も、体の中を流れる血の熱さには叶わない。
だが今は、言葉をかけることしか出来ない、そんな自分が士郎は悔しくて悔しくて堪らなかった。
だからせめて、つたない言葉でもセイバーに捧げるしかない。
「セイバーが好きだから………セイバーがいなくなるなんて、考えたくも無い、だから……………」
一緒に生きよう。
そう太陽に誓い、士郎は幸せな夢を思い描いた。
――――――――時間は必要だ。だがその夢は、そう遠くはない。
朝日が顔を出し、大橋を照らし輝かせる。
綾香はアーサーに肩を貸し、歩道を足早に歩いていた。
「大丈夫、セイバー!」
右手を引き裂き出来た大きな傷跡からは大量の血が滴り流れている。足もまた焼け焦げ、歩くのも辛いだろう。
「全く、土壇場であんな隠し球を………痛っ、アヤカ、もっと優しく歩けんのか? こんな時ばかり足取りを速めてどうする」
肩を持ち直し、暢気な事を言うアーサーに言い聞かせる。
「そんなこと言ったって、こんな大怪我をしたまま敵に襲われたらどうするのよっ!」
「どうもしないさ。戦って、生き延びる」
あくまでも涼しげに、朝日を横目で見ながらアーサーは綾香から伝わるぬくもりに安堵した。戦いは終わった。
「馬鹿、無茶言わないで。十分安静にしなきゃダメよ」
心配性だな、と呟き、アーサーはちょっと意地悪を言ってやろうと口元をにやつかせる。
「直ぐに治るさ。ん〜〜、しかし、最後の最後でマスターで差が出たな、あの戦い」
それを口にした途端、体を任せていた綾香の肩がするりと手の中から抜け落ち、地面に転ぶ。
手を離された。
「うお、なんだ怒ったのか、アヤカ」
見上げると、ぽたり、とアーサーの頬の滴が零れ落ちてきた。
雨など降っていない。その滴は、綾香の無垢な瞳から静かに零れ落ちていた。
「分かってるわよ、私が未熟だって! 私がもっと確りしてれば、セイバーがこんな大怪我する事はなかったって!!」
両手で目を押さえるが、涙が滝のように溢れ、ぐちゃぐちゃに泣き出す。
それには困った。男は基本的に泣かれる事に弱い。意地悪を言って困らせようとして、逆に困るとは愚の骨頂。
何とか立ち上がり、身振り手振りであやす。
「いや、そういう意味で言ったのではない………それに戦うのはサーヴァントの役目だ、マスターであるアヤカが気にする事ではない」
指の隙間から涙で濡れた瞳が覗く。
「うぐ、で、でも今マスターの差だって………」
ぽん、と頭の上に手を置く。
「冗談だよ冗談。冗談が通じないな、アヤカは………」
もう一度ぽん、ぽんと頭を撫でる。
「俺は死にはしないさ、君を一人おいて死んだりなんかしない。俺はそうあの時誓っただろう? だから心配するな、ずっと一緒だ」
「うん、うん………」と納得したのか、アーサーの腕を押し上げて肩に担ぐと、再び歩き出した。
重いだろうアーサーの体を必死に支え、汗の滲んだ額を見つめる。
健気なものだ、とアーサーは笑みを浮かべた。
――――しかし奇妙な体験だった。もう一人の自分に会ってしまうのだから、世の中分からない。
………だが、
「良かったじゃないか」
公園を見下ろし、アーサーは届かぬ言葉を綴った。
綾香が心配そうな顔でアーサーの顔を覗き込んでくる。
「え? なんか言った? 何処か痛む?」
「いや………」
――――お前にも生きる理由がちゃんと目の前にある。だから気付け、生きる意味を。
清々しい夜明けではないか、新たな門出には。
………とても。
Two people walk toward the future.....